2012年01月20日

バレンタイン&節分

山小屋の独り言ブログです

昨日の雪は半端なかった、箱根新道では大型がスタックして道路をふさいでいるし、雪は10cを超える積雪でしたし箱根のほとんどが通行止め&規制がかかり渋滞。

昼過ぎからは箱根に来る方が少なく道路もガラガラ人もまばら、逆に寒しい感じでした。

この雪景色がいいのです明日あたりから雪景色を見に来ませんか?きれいですよでも早くに溶けてしまうかも。

今日の勤務は最悪、寒いし、眠いし、暇だしやはり箱根にはたくさんの観光客が来ていないと調子抜けしてしまいます。


1月ももう少しで終わります、2月には節分が待ってます。(グーグルさんより)

 節分(せつぶん)は、現在では立春の前日(太陽暦の2月3日か4日)をさしますが、もとはそれぞれの季節がおわる日、つまり立春、立夏、立秋、立冬の前日をいいました。
 節分につきものの「鬼はらい(やらい)」の行事は、中国の大儺(たいな)が源流(げんりゅう)で、おそろしい形相(ぎょうそう)の面をつけた呪師が疫鬼をおいはらう行事です。
 日本では706年(慶雲3)に、たくさんの人民が疫病で死んだので、土の牛をつくって、はじめての鬼払い儀式が行われたことが、「続日本紀(しょくにほんぎ)」に記されています。
 その儀式は追儺(ついな)といい、朝廷では鎌倉時代まで大晦日の夜に行ったそうです。

 節分といえば豆まきですが、節分に豆で邪鬼をはらう行事が初めて行われたのは、室町時代の京都で、「看聞(かんもん)日記」の1425年(応永32)の記録に記されています。
 また、定番のかけ声の「鬼は外、福は内」は、「臥雲日件録」1447年(文安4)に、立春前夜に家ごとに豆をまき、「鬼は外、福は内」ととなえたと記されています。

 やがて江戸時代になると、春をむかえる厄払いの行事として、諸国の神社や家庭にひろまり、体を豆でなでて厄をうつしたり、年齢の数だけ豆を食べたりするようになりました。
 また、ヒイラギの葉がとがっていることから、「鬼の目突き」とよばれ、その先にイワシの頭をさして戸口にかかげると、邪気の侵入をふせぐとされています。

 最近では、恵方巻(えほうまき)といって、節分に食べる太巻きがブームになっています。
 節分の夜にその年の恵方(えほう→歳徳神の住む方角で、その年に吉となる方角)に向かって、目を閉じて願い事を思い浮かべながら、無言で太巻きをまるかじりするそうです

今年の恵方は2012年(平成24年) 北北西(北微西)この方角を見ながらただ黙々と食べましょう。
関西の人は黙って食べるのはつらいでしょう。



河津桜の原木はまだ咲いていません、こちらです
子の原木はまだ開花していませんが原木の前の道路反対側に共同浴場があります、そこの浴場の前にあります河津桜は6分咲き位できれいですよ、桜祭りは2月の5日から開催です。


022.JPG  まだでしょ、つい2-3日前の写真です


013.JPG   河津桜でもここだけは咲いています。

014.JPG

019.JPG

021.JPG なばなも少しですが咲いてました。



011.JPG  河津桜の原木の前にあります、地元専用の共同風呂の前









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posted by ヒロちゃん at 20:34| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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